平成30年12月 第5回 定例会(12月11日) 質問3. 六甲砂防事務所の堰堤工事のための地質調査に関する問題点について  

高座の滝上流の堰堤計画の周辺問題について、順次お尋ねしてまいり
ます。先ず芦屋市の埋蔵文化財との関係についてです 。

 高座の滝の下のほうの駐車スペースから高座の滝すぐ上の堰堤から2番目の砂防堰堤の途中(中の滝の下方20メートルくらい)までモノレールを敷く工事がされていました。砂防堰堤工事を前提として、ボーリングによる地質調査のための工事だということが、後でわかりました。

 駐車スペースから東側、城山の斜面を通って高座の滝の東側の山中を抜けて、高座の滝すぐ上の堰堤の広場に出ています。広場の北端で2つに分かれ、片方は東の山の斜面の方に向かってレールが用意されていました。片方の本線は川床をまっすぐに上流へ向かい、数十メートル先、中の滝の近くまで敷かれています。
 少し手前から西側の急な山の斜面をまっすぐに分岐線が敷かれています。この斜面の上は、ロックガーデン尾根の登山道です。
等高線から見ると、谷を挟んで東西の山の斜面の高いところまでレールを、到達点が対象になるように敷こうとしている様に見えるので、堰堤工事が、計画されている場所を推測することができます。後でわかったことですが、既に1,2年前に時々、測量に来ている人がいて、その人から、まだまだ先のことだけれど堰堤のためだと聞いた方がおられました。
これらの軌道の一部を写真に撮っていますので、枚数が結構ありますが、ざっとご覧いただければと思います。

看板が立っていなかったので、11月13日に看板の設置をお願いしたところ、早速に対応していただき14日には看板を確認できました。これによって、それまで不審に思っていた工事がボーリング堰堤調査で、発注者が六甲砂防事務所だと分かります。

上に延びるモノレールです。


2つ目の看板がありました。

この奥にボーリングの機械がありました。

 さて、

この場所です。近づいてみますと

 六甲山の守護神は白山権現で山頂の石の宝殿に祀られていますが、いつも荒地山に来て、山の守護に当たっている。権現様のお使いは天狗だという伝承があり、高座の地名の由来の一つに、室町期からの修験者の道場としての高座からとの説がありますので、これらの関係の遺跡に間違いはないと思います。最後の山伏・勇徳院彦兵衛さんの子孫が業平町におられますので、もしかすると資料が残っているかもしれません。また、「守れ権現」という歌があり、ロックガーデン30年記念に山伏の扮装で歌われたといいます。

(資料2-1)高座川中の滝遺跡が出ている報告書を見つけました。1980年に国庫補助金(50%)で、市内全域の重要な遺跡をチェックした時の物です。市民グループ・神戸大学考古学研究会が参加しておられます。

資料2-1

(資料2-2)序文を読みますと、この調査は、これまで把握されていた遺跡の現状を再点検し、加えて新遺跡の確認に努めた調査精度の高いもので、遺跡の戸籍簿だという事が書いてあります。
 そして、例言には、「緊急度の高い地区からまとめた」、「市民への文化財保護啓発や開発関係者への周知徹底を図るため作成した」「すべて文化財保護法第2条であり保護対象となるもの」「この調査後、さらに新しい遺跡が発見されることが十分予想され」等と書いてあります。

資料2-2

(資料2-3)遺跡リストを見ますと、遺跡名:高座川中ノ滝遺跡
地目:山林荒地 遺構:遺跡範囲は斜面一帯、少なくとも10m四方には広がっているものと推測される。流出包含層ではなく、比較的原位置を保った有機質土層が見られる。遺物(保管場所):瓦器片(がきへん)・土師質灯明皿(はじしつとうみょうざら)破面にローリングの痕跡を持つものがある。
(個人名所蔵、半数・芦屋市教育委員会寄託)現況:登山道の脇に包含層の一部が露頭する。黒色炭化物を混じえる灰褐色砂質土層が約1.3m遺存。厚みは最大22㎝。包含層は有機質味が濃厚で、後方へかなり続くものとみられる、保存度は良好そうである。南には中ノ滝が存在する。高圧鉄塔下が目印。とありますが、せっかくの機会ですので、ここで一つ訂正をお願いいたします。
「南には中ノ滝が」とありますが、遺物が採集された包含層は滝の東側上方の斜面なので、南ではなく「傍らに」あるいは「西側に」のいずれかに訂正していただきたいと思います。
周辺の調査はされていない場所ですし、中ノ滝を中心とした修験道の遺跡なので、あくまで中ノ滝は残す必要があります。
また、全体の様子は、当時を知る方々に見ていただいていますが、地面の様子は、殆ど変わっていないとしか言いようがないとのことでした。
ここで、疑問に思うことが1つあります。所有が「国」とありますが、管財課では、財産区の土地と伺っています。

資料2-3

(資料  3)これは、1994年10月芦屋市美術博物館・特別展「動乱と民衆の生活」副題:―中世芦屋の動向―でのカタログです。

資料 3

発掘された市内の中世遺跡 ―進みだした中世芦屋の考古学研究― とあり、この1番に高座川中ノ滝遺跡 が示されています。

資料 4

(資料4)資料に図版索引図の芦屋市主要部遺跡地図も付いていましてA地区にあります。

資料 5

(資料5)拡大すると、上下に県の堰堤が確認できます。

六甲砂防事務所が計画中の堰堤の位置を予測して、手書きしてみました

 県内で行われる開発と埋蔵文化財との関係は、県が所管しているのでと、兵庫県教育委員会発行の兵庫県遺跡地図・第1分冊、芦屋市埋蔵文化財包蔵位置図を、生涯学習課からいただきましたが、刻印石等の資料で、見るべきものはありませんでした。 

質問 1
まず、 1980年の報告書の訂正要望箇所について、確認の上で訂正していただけるかどうか、お伺いいたします。それから、この場所が国の土地か、財産区の土地か、あるいは一部分だけが国でしょうか?正しい情報をお伺いいたします。 

次に、
質問 2
  緊急と位置付けられている高座川中ノ滝遺跡に関する調査研究について、現在、芦屋市としてどのような位置づけにしておられるのか、 
また、
  郷土史との関係での深い遺跡の取り扱いについて、どのような考えでおられるのか、お伺いいたします。   

(資料6)山に行く多くの高齢者からお話を聞きますと、意外にも皆さんが何らかの病気を抱えておられることがわかりました。膝や腰の悪い人が、ほとんどで健康のために、なるべく人の世話にならなくて死ねるようにという思いで歩いておられました。
ロックガーデンの尾根道は険しくて高齢者には登れないので、大勢の方が高座川沿いの道を利用されています。

現在、六甲砂防事務所のご配慮で、通行止めにもならず作業が行われているので、ほっとしているとのことでした。皆さんは、楽しみながら健康維持のために登れる登山道の確保を求めておられることがよくわかりました。

質問 3
 高齢者、子供、初心者向きの高座の滝コース登山道の確保についての市の対応について、お伺いいたします。 

質問 4
 今後、登山道を使うにおいての目安になる情報の発信について、これは国が考えられることかもしれませんが、芦屋市としての所管はどこになるのかについても、お伺いいたします。 

 さて、六甲山は、海抜0メートルから千メートルに近くそびえ、山裾には大都会が広がる特異性があり、全国的に人気があります。
山頂へのメインロードは、高座の滝から山頂を通って有馬に下るコースで、ここを踏破すると、日本中のどこの山でも登ることができるらしく、100名山に登る練習にも来ておられます。一番大切なコースです。
 高座谷には、ずいぶん前に県が造られ、土砂の溜まった堰堤がいくつもありますので、中の滝遺跡を挟む二つの堰堤内の土砂を取り除くことは得策だと思います。そこからかなり上の方に六甲砂防事務所が造られた3基の大きな堰堤、荒地山砂防堰堤、荒地山第二堰堤、そして副堰堤があり、それらの堰堤には土砂が溜まっておりません。これらの様子を写真でご覧ください。

(資料 7)堰堤位置図

⑥番を除く①番から⑧番さらに、その上に小さな斜線の緑色が県の堰堤です。黄色が国の堰堤で、⑤番の荒地山砂防ダムと⑦番の荒地山第二堰堤と⑥番の副堰堤の3か所あります。

29 山の遷移が進んでいます。

30 高座の滝すぐ上の県の①堰堤です。
30_0168①県の堰堤

31 中に土砂が溜まってきて、水のたまり部分が無くなりそうです。
32. カワムツが繁殖しています。秋に生まれた幼魚を確認しました。
33. 2つ目の県の堰堤です。  

34. ➁堰堤内に、土砂が溜まっています。35. ➁堰堤内の水が流れの部分

36. ⑦ガレ地 少なくとも50年は様子に変化ないとのことでした。

37. ⑦のガレ地③番目の県の堰堤38. 堰堤 中に土砂が溜まっています。

39. 水が流れる場所ですが、すでに土砂で満杯なので、雨が降れば下流に土砂が流れます。下の堰堤に溜まります。

40. ⓾番の岩場、ガレ地です。民話「七右衛門ぐらのたたり」そびえ立つ岩。41.  ④番目の県の堰堤   42. ④県の堰堤 土砂かなり溜まっています

43. ④堰堤周りの様子

44. 荒地山砂防堰堤

45. 看板が出ています。

46. 中は空状態です。

47. ⑥地点の平成3年3月完成の荒地山第二堰堤の副堰堤です。       

48. 完成から27年9か月になりますが、土砂は溜まっていません。49. 池が出来ています。

50. どなたかが放流された鯉が大きくなっています。

51.. ⑦地点の平成2 年3月完成荒地山第2堰堤の看板です。         

52. 大きなものです。土砂は少なく、幼木や枯れ木が目立ちます。
53.  樹木が自生しています。
54. ⑪地点のガレ地です。10年以上前に崩れたと聞いています。
  ここからの木が堰堤内に落ち込んでいる可能性が高いと思います。 55. ③地点の3メートルくらいのかなり古い県の堰堤です。         56. 登山道の分岐点に立っている道標です。

57.県の堰堤です。小さな堰堤が続きます。

58 いくつかありますので、確認いただければと思います。59

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65 ここから先は奥高座にむかいますが、ガラガラの感じです。

こうして見てきますと、
果たして、砂防堰堤の新設が必要だろうかと疑問に思われます。
六甲山の写真を見ると、かつての禿山の面影はありませんし、高座谷は秩父古生層中に変成岩を含むと言われています。
今年7月の豪雨は、奥池で700ミリでした。昭和13年の雨量400ミリをはるかに超えています。昭和36年、昭和38年、42年の雨量もはるかに超えています。それでも、被害は少ない結果が出ています。
今年の雨で川が運んだ細やかな砂で芦屋川の川尻に広がる砂浜がずいぶんきれいになりました。そしてきれいな砂浜でしか産卵しない芦屋の浜の埋め立てでいなくなった魚メゴチの幼魚が、そして、シロウオが、小学生の自然観察の場で、初めて確認されています。砂の供給が望ましい形で行われていることの証明になると思います。
そして、先ほどご紹介した高齢者の方々も、芦屋川の高尾第二堰堤のような鋼製ダムならまだしも、コンクリートの堰堤は、絶対に造ってほしくないと、強く要望されておられました。
そして、西宮土木事務所の土砂がたまっている2つの堰堤の土砂を取り除けば、六甲砂防事務所が新たに計画されている堰堤の計画をなしにできるのではないか、とも提案されておられます。
かつては、土砂がたまったら山腹補強効果を発揮するので、土砂は取らないとされていましたが、現在では、土砂の取り除く方法で堰堤を造らないという選択もあるとされています。判断は、場所によると思います。

質問  5 
 芦屋市として、防災と文化財、環境を考えた場合に、県の堰堤から土砂を撤去していただくよう、働きかけることについてのお考えをお伺いいたします。又同様に、国の現在地質調査中だという新堰堤については、鋼製堰堤にしていただけるよう、働きかけていただけないでしょうか。お考えをお伺いいたします。 
今後、県や国に働きかけていただくためには、国、県、市の連携体制が気になります。現在のところ、六甲砂防事務所と、西宮土木事務所の接触は無いように思われます。最も影響を受ける芦屋市としては、芦屋市としての考えを持って、3者での情報共有が必要になると思います。

そこで、
質問  6
 現状の連携体制について、お伺いいたします。 
市民からの問い合わせがあり、工事主体を突き止める必要があったことから、高座の滝の堰堤と堰堤の間と、場所を特定して、工事をされている所管を探しました。「モノレールを敷いている工事、ボーリング調査をしている。川の中のパイプをまたいで通っているというので、川の中の工事らしいがよくわからない」という説明をしながら、最初に登山道や高座の滝に関係がある地域経済振興課から順次お尋ねしていきました。

芦屋市での工事は無いことを確認したうえで、本命の六甲砂防事務所、河川砂防課にお聞きして、そういう工事はしていないとの回答をもらい、内部で聞いてみますということでしたが、結局、そういう工事はしていないという回答でした。西宮土木事務所の砂防河川課、県土木局河川整備課で、いずれも心当たりなしの回答をもらい、思いあぐねて芦屋市に戻り建設総務課から六甲砂防事務所調査課に問い合わせをしてもらいましたが、工事に心当たりなしでした。六甲治山事務所で、「来年の工事予定はあるが、それはうちではない。現場で気になって業者に訊いた時には、六甲砂防事務所とのことだった」とお聞きして、もう一度、「昨日は工事だと言って問い合わせをしたが、調査のためのレールを 敷いていないですか」と尋ねましたら、「堰堤工事のためのボーリング調査をしている」との答が返ってきました。そこで、計画堰堤の種類を訊きましたら、土砂、流木を止める普通のコンクリートの堰堤との回答をもらいました。
登山をしている方々から、看板もないので不安に思っているという訴えを伝えたところ、看板の設置はするように業者に言っている。登山者に迷惑をかけないようにするように指示している。すぐに対応するということで、看板設置のお願いをして終わりました。
それから、用地管財課に行き、その場所は財産区の土地だと確認できました。それで、
質問 7
 一般市民の方が、直接問い合わせをお困りです課にされていたとしたら、お困りです課が、どのように所管課を探されたのか、参考までに、お伺いいたします。  

又、かつて六甲砂防事務所が、高尾第二堰堤の工事のための調査で、目印の杭を打ち込んでおられるのを、偶然に目にして、管財課に何をしているのかを尋ねましたが、「知らない」と、教えてもらえませんでした。堰堤計画が出て初めて、堰堤の予定場所を知り、フカ切岩、弁天滝を守るために6年以上の反対運動をすることになりました。その市の態度は市長も、担当者も、徹底して国には逆らえないという感覚でした。
市議会に請願を採択してもらい、市民の皆さんから知り合いの多くの国会議員に働きかけてもらい、最後に、当時尼崎に事務所のあった国会議員のご尽力で、近畿地方整備局を通じて六甲砂防事務所と緊密な連絡ができるようになり、工事着手を2年間待ってもらい、いろいろ検討し提案して鋼製堰堤で合意しました。その時の六甲砂防事務所の所長さんが、芦屋市に対して、「どうして、フカ切岩、弁天滝の大事な話を一言もせずに土地を売ったのか!!と、怒っておられました。
そんなことがあって、市民団体の提案を全面的に受け入れた全国初の国と市民団体協働の自然に優しい鋼製堰堤が、造られました。
発破をかけない非常に丁寧な工事手法と、工事後に自然環境を復元する工事をしていただき、セメント一かけらも落とさず、汚濁水を一度も流さずの工事で、初めて見る素晴らしい工事でした。柿谷の堰堤工事とは月と鼈でした。

新聞記事数枚を提示します。

二度とこのような市民運動が起こらないよう、せめて関係所管課には、早めに情報を出し、共有する必要があると思います。
また、奥山堰堤の改修工事には、直接、六甲砂防事務所からの連絡をいただいていました。

質問  8
 県、市の関係の中で、身軽に動ける市民団体が関われる様にしていただきたいと思いますが、今後の対応に対するお考えをお伺いいたします。 

◆教育長答弁:高座川中ノ滝遺跡につきましては、現地を確認しましたところ、1980年の報告書の遺跡地図に図示されたとおりであることが確認できましたので、訂正の必要はないと考えております。また、当該遺跡の土地は、打出芦屋財産区共有地となります。

 山田みち子コメント: 
 高座川中ノ滝遺跡全体の位置についての答弁になっていますが、私が指摘したのは、遺物発見の場所から東手になるので、保存個所の特定に関しての記述として、間違っている。 
議会開催中でないと、答弁の訂正が出来ないので2日間に亘って、抗議しましたが、実際に発見した市民の方の要望でもありましたので、その方とも話をして、県に詳しい資料を送るということで納得していただき、答弁については、見解の相違ということで納めました。

当該遺跡の土地が、国ではないのに、国と記録されている理由については触れずに答弁されていますので、不完全な答弁であると思いました。 

◆教育長答弁:高座川中ノ滝遺跡に関する調査研究につきましては、今後、開発等の調査原因が生じた場合は、調査を実施する必要があり。工事主体者が市モシクハ民間事業者である場合は、市教育委員会の所管となり、それ以外の場合は、兵庫県教育委員会の所管となります

 山田みち子コメント: 
遺跡調査に関しては、開発等の調査原因が生じない限り、遺跡調査はしないと言われたような気がしました。1980年には、調査研究の端緒についたような感じの文言がありましたが、そういう意味では遺跡に向き合う姿勢が後退しています。
また、今回のような国の事業、あるいは県の事業になると、現場が芦屋市であっても直接関与することが出来ないことになります。しかし、市民は県民であり、国民ですので、関わるスタンスとしては変わることはありません。

◆教育長答弁:郷土史と関係の深い遺跡の取り扱いにつきましては、それぞれの遺跡の状況や法令等に応じて対応してまいりたいと考えております。

 山田みち子コメント: 
郷土史との関係の深い遺跡については、郷土史の市民研究者や団体が存在するのですから、継続して世代をつないでいきながらの研究ができるような体制作りも必要ではないかと考えています。
昔話として伝わる民話との関係について、掘り下げる行為がないと、単なる民話の継承になってしまいます。

◆市長答弁:砂防堰堤等のハイキング道の確保は、工事施行者に現在の環境の維持と併せて安全性の確保を求めてまいります。

◆市長答弁:ハイキング道のご案内は、地域経済振興課が所管しております。

 山田みち子コメント: 
地域経済振興課は、ハイキング道の所管課でありながら、最初に問い合わせをした時に、工事のようなものが山中で行われていると知りながら、何の調査もしていなかったということになります。質問のヒヤリングにも顔を出さず、登山道の確保について、登山者が危惧を抱いている状況も把握していなかったことについては、市民サービスの仕事に抜かりがあったと、指摘したいと思います。

◆市長答弁:県堰堤は、土砂が一定堆積した状態で機能を発揮する設計であることから、土砂の撤去を働きかける考えはございません。

 山田みち子コメント: 
県と意見交換をしたのか?とただしたところ、ここ受けて、考えを聞いたということですので、私が質問の中で、最近は土砂の撤去も選択肢に入っていると言及していることへの答弁としては、芦屋市の事なかれ主義を疑うところです。
魚が繁殖していることもあり、このまま埋まってしまうと、せっかくの自然環境をなくすことにもなりますので、今後の状況を観察して必要があれば、土砂の撤去方法も提案するなどの活動を行いたいと考えています。

◆市長答弁:建設予定の堰堤は鋼製スリット型と聞いております。

 山田みち子コメント: 
六甲砂防事務所調査課との電話では、普通のコンクリートダムを考えていると、この耳で聞いていますので、この質問をすることで、鋼製スリット型に変更されたものと考えています。鋼製ダムにも種類がありますのが、最も簡素な様式だと思います。今後、工事に進むときには情報の開示を求めていきたいと考えています。

◆市長答弁:国・県とは、毎年事業説明会にて情報を共有しているところです。

 山田みち子コメント: 
情報はあっても、議員、市民の知るところにはない?
この答弁、どのように理解すべきか?

◆市長答弁:お困りです課では、ご指摘のようなお問い合わせがございましたら。土地の管理者を特定するため、用地管財課に確認いたします。

 山田みち子コメント: 
私も土地の管理者を特定しに行ったのですが、土地の特定だけで終わってしまいました。そこから先が聞きたかったのですが、尋ねる時間がありませんでした。

参考:旧芦屋村の伝説 第3節【出典:芦屋郷土誌 細川道草著(昭和38年)】

「七右衛門ぐら(嵓)のたたり」

 六甲山も怒ればこわい。知りつくされた山なのに遭難や事故が絶えない。芦屋に語り継がれたこの七右衛門ぐら(嵓)のたたり」がいまも生きているのかも知れない。

六甲山の守護神は白山権現で、山頂の石の宝殿に祀られているが、いつも芦屋の荒地山(城山の裏山)にきて山の守護に当たっている。だから荒地山に登って悪いことをすると、いつの間にか林の奥深くに迷い込み、再び帰れなくなるのである。権現様の怒りにふれたからだ―里人たちは言う。むかしむかし、山のふもとに七右衛門という若者がすんでいた。両親や兄弟もなく、貧しいくらしをしていたが、元来正直者で骨身を惜しまず働くので、村人からかわいがられていた。愛に植えた孤独な境遇だけに、友情だけが彼の生命のかてであった。

 ところが、ある日、兄弟のようにしていた親友に裏切られたことから悲観的になり、それからは孤独をまぎらせる酒だけが生活のすべてとなって、村はずれの居酒屋に入りひたるようになってしまった。働き者で通っていた七右衛門も果ては酒と女に身を持ちくずし、いつしか里人からもうとんじられてきた。家財は酒代に変わり、金に困った彼はついに強盗にまで成り下がってしまったのである。

 家の近くに「魚屋道(ととやみち)」お呼ばれる深江から有馬に山越えする行商人の小道がある。商人はこの道を通行する。そこである夏の夕方さみしい荒地山の山道で行商人を襲い金品を強奪した。このウワサはパッと広がったので、その翌日から七右衛門の姿はどこかに消えてしまった。

 村の人たちは捜索を始めた。一行は道もない危険な荒地山に登って探したところ、同山でも一番けわしく巨岩がるいるいと重なり、天高くそびえ立つ岩のひだですでに死んでいる七右衛門を発見した。頭は岩でうちくだかれ、全身は地に染まった見るもむざんな姿であった。

権現様のお怒りにふれたのか、そのお使いのテングさまにとって投げつけられたのか、うわさは近村にまで広がっていった。

この事件があってから、誰いうとなくこn巨岩の累々たる岩場を「七右衛門ぐら」と呼ぶようになった。このあたりはいまでも、岩梯子、道ぐろ(畔)とも呼ばれロッククライミングにも危険なところである。

(六甲の伝説)